メディアの地図活用について考察、マップボックス・ジャパンとOSMユーザーの交流イベント「mapbox/OpenStreetMap meetup」第10回レポート
地図サービスや地図コンテンツの開発プラットフォームを提供するMapboxと、フリーでオープンな地理空間情報を市民の手で作るプロジェクト「OpenStreetMap(OSM)」のコミュニティとの交流イベント「mapbox/OpenStreetMap meetup」の第10回が12月7日、東京・港区のBERTH ONEおよびオンラインで開催された。
同イベントはMapboxの日本法人であるマップボックス・ジャパン合同会社が青山学院大学の古橋研究室とNPO法人CrisisMappers Japan(災害ドローン救援隊DRONEBIRD/JapanFlyingLabs)、OSGeo.JP、OpenStreetMap Foundation Japan(OSMFJ)の協力により開催するもので、10回目となる今回は「メディアと災害とウェブ地図」と題して、メディアの地図活用に関するさまざまな講演が行われた。なお、マップボックス・ジャパンの設立以来、リアルでのイベント開催はこれが初となる。
冒頭ではマップボックス・ジャパンのアンバサダーを務める青山学院大学の古橋大地教授が挨拶し、今回のテーマを設定した理由について以下のように語った。
「今、ロシアのウクライナへの侵攻などにより、世の中にGEOINT(Geospatial Intelligence:地理空間情報を活用した状況分析)というキーワードが広まってきています。ウクライナ紛争では位置情報とSNSを組み合わせて地図上に展開する取り組みが日常的に行われており、どこで何が起きているかを正しい位置情報とともに報道することの重要性について考えさせられます。そこで新しいウェブ地図の技術を使いながら、『事実をどうやって正しく捉えるか』『どうやって比較分析するか』を考える場として今回このイベントを開催しました」(古橋氏)
今回、会場には、地図を活用した報道に取り組んでいるメディア関係者を中心にさまざまな識者が集まり、それぞれの活動内容とウェブ地図の活用をテーマに語った。
■スローニュース プロデューサー 熊田安伸氏
NHKで災害や調査報道、ネットワーク報道部の設立などに携わり、現在はスローニュース株式会社でプロデューサーを務める熊田氏は、OSINT(Open Source Intelligence:公開情報を収集して分析する取り組み)やGEOINTの事例として、イギリスに本拠を置く調査報道機関「Bellingcat」を挙げて、「セブ湖畔の処刑」の映像を例に以下のような最新テクニックを紹介した。
・映像の一部のわずかな地形からGoogle Earthで場所を推測し、Planet Labsの衛星データと重ね合わせることで人為的な動きの形跡を解明
・山頂の画像をもとにどの山なのかを特定するツール「Peakvisor」を利用して位置を裏付け
・太陽の軌跡を示す機能を使って映像が撮影された日時を絞り込み
・リアルタイムで火災情報の位置情報を提供している「NASA FIRMS」で痕跡を追い、衛星の映像とあわせて事件の発生時刻を特定
・軍事明細データベース「Camopedia」で映っている人物がアゼルバイジャン軍の軍服を着ていることを指摘
熊田氏は、マッピングは“発見型”の調査報道の第一歩であるとして、日本における事例として以下を挙げた。
・警察庁が公開した約68万の交通事故のデータをマッピングした「みえない交差点」(朝日新聞社)
・国勢調査のデータから高齢化率の推移を可視化した「都心に潜む限界集落」(朝日新聞社)
・福祉施設・高齢者住宅のデータベースや津波浸水想定の国土数値情報などを重ね合わせてマッピングした「急増“津波浸水域”の高齢者施設~」(NHK)
・無料ツール「Marine Traffic」などで中国船の航跡を調査した「追跡・謎の中国船」(NHK)
・ウクライナの被害を3D地図で可視化した「ウクライナ 3Dで伝える悲劇と再生」(読売新聞社)
さらにBellingcatのスタイルには今後のメディアの可能性が見られるとして、その特徴を3つ挙げた。
・従来使われてきたオーソライズされたデータだけでなく、SNSなど一般人が提供した映像も解析対象とする
・地理空間情報を活用して現場というファクトを最大限に利用
・メンバーだけでなくDiscordのコミュニティやTwitterなどのSNSでメンバーだけでなく外部の専門家や一般の人ともつながってデータを解明
また、OSINTやGEOINTの普及の壁となっていることとして、自治体がオープンデータをPDFなど使いにくい形式で提供していることや、年度ごとに書式が変わること、自治体ごとに異なるスタイルで提供してることなどを挙げた。とくに災害時はデータマッピングが不可欠であるにもかかわらず、行政はそのためのデータを十分にはできていないという課題があり、データを使う側も声を上げて行く必要があると語った。
■日本経済新聞社 編集 データビジュアルセンター 坂井爽太郎氏
データジャーナリズムにおける可視化やコーディングを担当する坂井氏は、グラフや写真、地図、CG動画などの表現を活用した報道を行う「日経ビジュアルデータ」について紹介した。同チームは編集者やウェブデザイナー、ウェブエンジニアで構成されており、コンテンツに応じて各専門の記者も加わって制作される。坂井氏は2022年に自身が制作した地図コンテンツとして、「スクロール」と「ストーリーテリング」を組み合わせた「スクロールテリング」を紹介した。
スクロールテリングとは、スクロールダウンの操作にあわせてグラフィックやアニメーションが起動してストーリーが展開される形式のコンテンツで、この手法で作ったコンテンツとして2つの事例を挙げた。
・ウクライナのマリウポリ地区の戦火を追う解説記事
マリウポリでアゾフ連隊などが製鉄所に立てこもって抵抗を続けた様子をSNSと衛星データで追った。英国の非営利組織が公開するデータをもとにSNSの動画や位置情報データを地図にマッピングし、スクロールダウン操作により時系列で表示されるようにして、さらにPlanet Labsの衛星画像を重ね合わせた。また、熱異常を検知した場所を示すNASAの衛星データを活用して戦火の位置をマッピングしたほか、国連訓練調査研究所(UNITAR)が公開するshapefile形式のデータを用いて被害分析情報を地図に表示した。
・気候変動の連載コンテンツ
地球温暖化にともなう気候変動が世界各地の都市部に迫っている状況を、Mapboxの地図を背景にスクロールテリングを使ってデータで分析・考察した。世界の空港および海面高度に着目し、海面が上昇したときにどれくらい浸水するかをシミュレーションしたり、ドコモ・インサイトマーケティングの推計人口データをもとに人口と標高について分析を行ったり、ヒートアイランドに着目して土地利用地図を製作したりした。
坂井氏は今後の課題として、「何を伝えたいか」という内容を軽視して表現先行にならないようにすることや、リッチなコンテンツを気軽に作れるようになった反面、より内容の質が求められるようになっているため、地図表現が必要な場面はどこなのかをよく考えることが重要であると語った。
■北海道新聞社 川崎学氏
北海道新聞のウェブサイトで提供している「津波危険度MAP」について紹介した。同マップは巨大地震で最大規模の津波が起きた場合に想定される浸水域をウェブ地図で可視化したもので、緊急時の避難場所や学校の位置なども詳細情報とともに確認できる。
川崎氏がこのような取り組みを始めたきっかけは、熱海の土砂災害に関する古橋氏の講演を聞き、災害状況の把握にGISが活用されていることを知り、GISの知識の必要性を感じたことだった。浸水域の可視化にあたっては、北海道が広く浸水データの量が大きく、データを加工して地図上に表示するのには苦労したという。
■秋田魁新報社 斉藤賢太郎氏(オンライン参加)
特集「津波リスクと高齢化」で掲載した「津波リスクマップ~あなたの現在地の危険度は?」について紹介した。津波リスクマップは、秋田県が2016年に公開した津波浸水想定データを地図上に可視化したもので、指定緊急避難場所も掲載している。斉藤氏は、公開前からGISを取材・編集段階から使うことで、地域の高齢化が進み単身世帯が増えている状況がわかり、取材のポイント選びの面でも役に立ったと語った。
秋田魁新報社では津波リスクマップに続いて秋田県内の洪水・土砂災害リスクを確認できるデジタルハザードマップ「秋田の洪水・土砂災害リスクマップ」も公開している。リスク情報を掲載するだけでなく、指定した地点から最寄りの避難場所までの経路や距離を調べる機能なども盛り込むことで、離れた場所に住む家族や親類がツールを使って地方に住む高齢者に注意喚起できる点もメリットだという。
同マップは公開直後はアクセス数があまり伸びなかったものの、秋田県で8月上旬から中旬にかけて記録的な大雨が降ったときはアクセス数が大幅に伸びたという。斉藤氏は、平時からこのようなコンテンツを作っておくことで実際に災害が起きたときにうまく利用してもらえるとして、今後もストック型コンテンツとして情報をアップデートしながら長く伝え続けたいと語った。
■NHK盛岡放送局 髙橋広行氏(オンライン参加)
髙橋氏は、2022年3月に岩手県が公表した、最大クラスの津波が発生した場合を想定した浸水域の地図「新たな浸水想定」に関するデータの公開方法について問題提起する記事を9月にウェブサイトとテレビにて発表した。岩手県が3月に公開したデータは、拡大しても細部の色の違いがわかりにくいPDF形式だった。
なぜこのような方法で公開したのかを県の河川課に聞くと、このデータは県内400万カ所について800を超えるシミュレーションを行ったものであり、一般的な性能のPCでは取り扱うことが難しいほどの膨大な量だった。そのために県はデータをすぐに加工することができず、3月の時点ではより早く情報を伝えることを優先してPDFデータとして提供したという。
一方、宮古市では防災担当の職員がGISの取り扱い方法を独自に学んでいたため、独自にわかりやすい地図を公開するなど、県と市でちぐはぐな対応も見られた。また、しばらくして県も自治体向けに詳細がわかるデジタル地図を作成したが、あくまでも自治体職員向けに作られたため、県民には届いていない状態が続いた。
その後、9月になって国土交通省が提供する「重ねるハザードマップ」に新想定のデータが実装されたほか、GISデータ自体も県のウェブサイトで公開された。髙橋氏は一連の経緯について語った上で、自治体のデータやGISに関するリテラシー向上の必要性を訴えた。
■日本ファクトチェックセンター 編集長 古田大輔氏
インターネット上の偽情報や誤情報対策を行う日本ファクトチェックセンターの編集長を務める古田大輔氏は、「コンテンツをいかに届けるか」と題して講演を行った。古田氏はまず2014年頃から普及し始めたデータジャーナリズムの取り組みについて紹介し、地図の活用はデータジャーナリズムの重要分野の1つではあるものの、実際にはあまり読まれないことが課題であると指摘した。
その上で、デジタル時代の編集部に必須の戦略として「何をどう作るか」「誰にどう届けるか」「なんのためにどう関わるか」の3点を挙げた。これらの中で一つでも欠けていると良いコンテンツを作っても読者に響かないという。とくにデータジャーナリズムなどの“特集コンテンツ”は、「時間がかかるのでタイムリーに出しにくい」「通常記事と同様の配信先に出せない」「キャッチーな見出しになりにくく初速が出にくい」「自社サイトでそれほど優遇されない」といった弱点があり、そのために広告モデルのウェブサイトでは読まれにくく、特集コンテンツよりもはるかに少ない労力で書かれた記事のほうが多くのPVを獲得してしまうという事態も少なくない。
古田氏は、ソチ五輪において浅田真央さんの滑走の4時間後に公開されたコンテンツ「浅田真央 ラストダンス」が爆発的にアクセス数が伸びたことを例に挙げて、すばらしいコンテンツを作るだけでなく、どのタイミングで誰に届けるのかを考えることが必要であると語った。
さらに、メディア運営には前述した3つに「ビジネス」を加えた4つの戦略が必要で、「コストがかかるのに読まれない」という事実に対して、そこにどうやって論理を立てていくかを考えると、やはり報道する側の“ミッション(使命)”を訴えかけていくことが必要となる。ただし、大手メディアでない限りミッションだけでは続けられないため、そこをどのように考えるかが重要であると指摘した。
古田氏は最後に、データジャーナリズムを広げるために必要なこととして、そのコンテンツは「エバーグリーン(長期にわたって読者に必要とされ続ける)か?」「自分ごと化できるか?」「スナッカブル(スナック菓子のように簡単に消費できる)か?」「発見・驚きはあるか?」「人に教えたくなるか?」「役に立つか?」「そのコンテンツが刺さるコミュニティは存在するか?」といった視点を挙げた上で、自身が取り組んでいるデジタル・ジャーナリスト育成機構(D-JEDI)のコミュニティへの参加を呼びかけた。
各登壇者による発表の後は、古橋氏がモデレータとなり、オンラインの登壇者も交えて意見交換を行った。ここでは「現場の記者によるウェブ地図の活用」「多くの人に記事を読んでもらうためのウェブ地図の使い方」などのテーマについて活発な議論が行われた。
古橋氏は締めくくりの挨拶として、「メディアのDX化がなかなか進まない状況の中、今から5~6年先にデジタルツールを当たり前に使いこなせるGIGAスクール世代が社会に入ってきた頃に、若い人たちからの“突き上げ”を我々もうまく利用しながら、本日共有された知見も含めて、メディアと地図業界がもっと連携できる時代が訪れることを期待しています」と語り、今回のようなメディアと地図をテーマにしたイベントを今後も引き続き開催していくと語った。
■URL
Mapbox Japan
https://www.mapbox.jp
mapbox/OpenStreetMap meetup
https://mapboxjpmeetup10.peatix.com/
イベントの動画
https://www.youtube.com/watch?v=_bGXH6Q2zVc&t=188s
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