オープンソースの地理空間情報ソフトウェアをテーマとしたイベント「FOSS4G」が新潟で開催

オープンソースの地理空間情報ソフトウェアをテーマとしたイベント「FOSS4G」が新潟で開催

オープンソースの地理空間情報ソフトウェア群を意味する「FOSS4G(Free Open Source Software for GeoSpatial)」をテーマとしたカンファレンス「FOSS4G 2019 NIIGATA」が9月13日と14日の2日間、新潟市のNICOプラザ会議室にて開催された。同カンファレンスは、オープンソース地理空間ソフトウェアの支援と構築を目的としたOSGeo財団(The Open Source Geospatial Foundation)の日本支部である「OSGeo日本支部 (OSGeo.JP)」が主催するイベントで、2008年にスタートし、これまで北海道や東京、東海、関西などのエリアで開催されてきた。今回は、「FOSS4G Tokyo」に代わって、はじめて新潟において開催することになった。

1日目の13日には、参加者に実際にFOSS4Gに触れながら使い方を学べる「ハンズオンデイ」が開催され、フリーのGISソフトウェア「QGIS」やベクトルタイルなどに関する講習が行われた。2日目は、FOSS4Gのヘビーユーザーや開発者が講演や事例紹介を行う「コアデイ」が開催された。

■地理院地図のベクトル版が試験公開

はじめに招待講演として国土地理院の佐藤壮紀氏が登壇し、「地理院地図Vector(仮称)の試験公開」と題して講演を行った。佐藤氏は、この1年間にウェブ地図サービス「地理院地図」で行った改良事項として、新旧の写真を比較できる機能や、住所を含むCSVファイルをドラッグ&ドロップするだけで地図上に表示する機能、過去に大きな災害があったことを伝える「自然災害伝承碑」の地図記号を追加したことなどを紹介した。

国土地理院の佐藤壮紀氏

さらに、7月に試験公開を開始した「地理院地図Vector(仮称)」について紹介した。現行の地理院地図は地図データがラスター(画像)形式のため、デザインの変更ができないが、「地理院地図Vector」はベクトル形式の地図データを採用しているため、データの中にさまざまな属性情報を格納することが可能となり、ウェブサイトの利用者が地図デザインを変更できる。

「地理院地図Vector(仮称)」

国土地理院は2014年からベクトルタイルの提供実験を行ってきた。これまで採用していた地図データフォーマット「GeoJSON」はファイルサイズが大きく、ウェブ地図ライブラリの「Leaflet」については、重い面データの表示に難があるという課題があった。このような課題を解決するため、国土地理院は新たなチャレンジとして、ベクトルタイルのデータフォーマットをファイルサイズの小さい「Mapbox Vector Tile」、地図ライブラリについては重い面データでもそれなりの速度で表示可能な「Mapbox GL JS」を採用することにした。

ベクトルタイルを公開するためには、「ベクトルタイルの生成」、「スタイリング(地図のデザイン)」、「デザインした地図を見ることができるウェブサイトの作成」の3つの要素が必要となる。このうちベクトルの生成については、国土地理院が刊行しているshp形式の数値地図(国土基本情報)を、「国連ベクトルタイルツールキット」などを使ってデータ変換を行っている。その際に、データ容量を小さくするため、描画に不要な属性は削除した。

スタイリングについては、データ仕様はMapbox Style Specificationをベースに、建物の斜め線などのハッチングを表現するなど独自に拡張している。スタイルはラスターの地理院タイルを参考に、それに近い見た目にしているが、まったく同一ではない。

現状の課題としては、地図デザインが複雑であれば複雑であるほど、とくに初期表示が遅くなることが明らかになっており、立体交差の簡素化や中央分離帯の非表示など、多少の表現の簡素化を行っている。また、注記同士が重なった場合は自動的に一方を非表示にするようにしているが、元データが1文字ずつ位置情報を持っている場合はオーバーラップを認めることで1文字だけ消えるようなことがないようにしている。

地図デザインは既存の地理院タイルに近い見た目にしている

現状では、ベクトルタイルの生成とスタイリングに関する課題として、水域ポリゴンが2重になっていたり、鉄道の旗竿表示に問題があったり、漢字とふりがなが離れすぎていたりと、いくつかの問題が見られる。また、ウェブサイトに関する課題としては、小縮尺から大縮尺までのスタイルの一括変更や、印刷機能などの実装などを挙げている。

ベクトルタイルの生成とスタイリングに関する現時点での課題

佐藤氏は、「『地理院地図Vector』のソースファイルやデータ仕様はGitHubで公開しているので、Issuesから改善要望やご意見などをぜひお寄せください。また、もし具体的な改善手法をご存じの方は、その方法をご提案いただけると助かります。皆様と一緒にベクトルタイルを盛り上げていきたいと考えています」と語った。

■行政サービス電子化の推進に欠かせない地理空間情報の整備

午後に行われた基調講演では、政府CIO上席補佐官の平本健二氏が登壇し、「デジタル社会の基盤としての地理空間・土地情報」と題して講演を行った。内閣官房においてデジタルガバメントを担当している平本氏は、Society 5.0の推進に取り組んでおり、社会全体がつながることを目指してさまざまな戦略を作っている。この取り組みで重要なのは“データ”であり、その中でも地理空間情報はとくに大切であると考えている。

政府CIO上席補佐官の平本健二氏

Society 5.0は現在、工場や農業、環境、医療などさまざまな分野で取り組みが始まっており、各分野の情報をつなぎ合わせることで新しいサービスを生み出すことを目指している。ここで問題となるのは、各業界でデータの形式や保有の仕方が違うという点で、このような課題を解決するため、色々な分野の形式の異なるデータを統合して活用するための“分野間データ連携基盤”の構築を目指している。また、分野間の連携を行うためのデータの標準化や、標準化したものをオープンデータとして公開することも推進している。

政府のデジタル社会に関する戦略

平本氏は、エストニアやデンマークなど行政サービスの電子化において大きく先行している国の例を紹介した。これらの国では地理空間情報や税情報、住民登録情報、企業登録情報などはすべてつながっており、それを実現するには、ベースレジストリをしっかりと整理して、そこに地理空間情報である土地情報を紐付ける必要がある。そのために、エストニアやデンマークは体系を作り、時間をかけて専門家を配置して取り組んでいる。それに対して、日本はそれができていないのが大きな課題となっている。

エストニアで提供されている地理関連サービス

日本の場合、省庁ごとに土地情報を少しずつ保有しており、きちんと管理されているところと管理されていないところがある。また、所有者が不明の土地もあり、台帳自体に問題がないかどうかについても精査が必要となる。土地情報は遺産相続や空き家問題にも関わる重要な情報であり、将来的に自動運転の時代を迎えるにあたって精緻な地理空間情報が必要となるため、モビリティの分野にも関わってくる。

さまざまな土地問題の解決には地理空間・土地情報の整備が必要

2019年5月に成立した、行政のデジタル化に関する基本原則などをまとめた「デジタルファースト法(デジタル手続法)」では、一度行政に対して提出した情報は二度提出しなくても済む「ワンスオンリー」を基本原則としており、マイナンバーのように、法人番号を入力すれば法人名や住所を確認できるようにすることを目指している。ところが現状は法人の住所が更新されず間違って登録されている会社が存在し、昔からの地番変更等の履歴を残していないため、データクレンジングを行うことができない。このような状況のまま、すべてをデジタルで手続きを行おうとしても、住所の実在確認を行うことができない。これを解決するためには、国がきちんと住所情報を管理する必要がある。

日本で行政をデジタル化するためには、このように課題が山積しているが、一方で、準天頂衛星「みちびき」による高精度測位の普及や、国土地理院による「電子国土」の取り組み、そして街中を走行する車両にさまざまなセンサーが搭載されるようになったことなど、日本はテクノロジーの基盤が整っているという強みを持っている。

こうした中で、内閣官房では行政データ連係の標準化や、住所・緯度経度・郵便番号・POIコード等や推奨データセット、地名の漢字やふりがな、ローマ字表記など文字環境導入ガイド、町字識別子の検討、ポリゴンの考え方の普及など、さまざまな取り組みを始めている。平本氏は、「海外に行くと、行政データと並んで必ず土地情報の議論も行われています。日本でもこのような取り組みを本格的に進める必要があり、内閣官房でも地理空間情報に詳しく、専門的な議論ができる人を募集したいと考えています」と呼びかけた。

■FOSS4Gを活用したさまざまな事例紹介

このほか、FOSS4Gやオープンデータを活用したさまざまな事例発表が行われた。以下、発表順に概要を紹介する。

●FOSS4Gを用いた林地台帳管理システムの開発
スピーカー:朝日航洋株式会社 北島理司氏

QGISとPostGISを利用した林地台帳の管理システム。QGIS 3.xのプラグインを使用し、地番関連情報や林小班関連情報の検索、図形の追加・編集機能、地番関連情報と林小班関連情報の相関表の作成、目的の地図をすぐに作れる出力用テンプレートを使った印刷機能などを搭載している。また、林野庁の手引きに準拠して作成した林地台帳データベースや台帳管理システムとの連携も図っている。QGIS3の表示機能を活用しており、複数のマップビュー表示や、3Dビューによる森林情報の重畳表示などが可能。今後は現地調査用モバイルツールとの連携も検討している。

林地台帳管理システムの機能

●軽トラMMS、参上!
スピーカー:長野県林業総合センター 戸田堅一郎氏

軽トラックに各種センサーを搭載して森林を計測する取り組みを紹介。レーザーレーダーや全方位カメラを搭載し、3次元の点群データや全方位画像を得られるMMS(モービルマッピングシステム)は、普通なら1億円くらいかかる高価なものだが、「軽トラMMS」では、軽トラックにRTK-GNSS対応の受信機と地上レーザー測量機、市販の全天球カメラ「RICOD THETA V」およびソニーの「アクションカム」などの機材を搭載し、スマートフォンで制御することで、100万円以下で安価にMMSの機能を実現する。これにより、林道を走行するだけで線形や周辺の地形、樹木などをレーザー測量して点群データを取得できる。

軽トラにレーザーセンサーや全方位カメラを搭載
軽トラMMSで取得した点群データ

●AIによる効率的危険斜面抽出システムの開発について
スピーカー:株式会社ノーザンシステムサービス 和山亮介氏

ディープラーニングと地形データを組み合わせることで崩落の可能性がある斜面を予測する取り組みを紹介。教師データとして過去の土砂災害の崩落箇所を使用し、入力データとして崩落前の地形・地質データと雨量を使って崩落危険箇所を抽出した。また、入力データにCS立体図を使用し、直近の災害によって崩落した箇所を識別する実験もおこなった。DNN(ディープニューラルネットワーク)には、GAN(敵対的生成ネットワーク)の弱点とされる「モード崩壊」を抑えられる「MS-GAN」と、各種実験で実績のある「Mask R-CNN」を使用した。この結果、崩落地形の検出については入力データの種類やズームレベルを適正に選ぶことで、ある程度検出できることがわかった。

ディープラーニングにより崩落危険箇所を予測

●MySQL 8.0で強化されたGIS機能と使用事例のご紹介+α
スピーカー:日本オラクル株式会社 山﨑由章氏

MySQL 8.0におけるGIS機能を紹介するとともに、その使用事例として、投稿記事に位置情報をタグ付けできるCMSソフトウェアや、Wi-Fiスポットの分布地図なども紹介した。デモを行うとともに、これまでのFOSS4Gのイベントで得られたフィードバックについても紹介した。

MySQLの歴史

●防災教育向けARアプリ「CERD-AR」におけるAR表示性能の改良
スピーカー:大阪市立大学 吉田大介氏

アプリの中で仮想的に災害を体験できる機能や、ARで地理情報をわかりやすく可視化する機能を搭載したオープンソースの災害訓練ARアプリ「CERD-AR」について紹介。地図上に災害の発生を示す円が描かれ、指定の範囲まで徐々に拡大して、その円の中に侵入した際には画面の色が変わってサイレンが鳴り出す仕組みとなっている。ARモードにすると、カメラで写した映像にアニメーションがAR表示される。

地図上の円に侵入するとサイレンで警告
GISレイヤーをARで表示

●アグリノートにおけるGIS情報を活かした圃場・作付管理の取り組み
スピーカー:ウォーターセル株式会社 中川幸哉氏

農作業の作業内容や作業時間、農薬や肥料などの記録を場所と紐付けて記録できる営農・栽培支援ツール「アグリノート」の紹介。予定していた作業がどこまで終わったのかを管理できる作業進捗マップや、農薬散布回数や施肥回数を地図上で可視化する機能のほか、スマート農業の企業間連携実証プロジェクトとして、リモートセンシングや地上のセンシングを活用して地図上に肥沃度の状況を可視化する取り組みなども行っている。過去に同じ場所に農地データがあったかどうかを確認できる重なり判定などの独自機能も実装している。

アグリノート

●Maplatの最新状況 – 流行りのGTFSともコラボしてみた –
スピーカー:Code for History 大塚恒平氏

古地図や絵地図など、縮尺や距離が不正確な地図を、正確な地図の上に自然に重ねることができる地図ビューワー技術「Maplat」の紹介。どんな地図の間でも、同じ点を連続変換すれば必ず同じ場所に戻る「全単射変換」を保証している。最近では、線から線への変換も可能となり、現代地図では曲線の道路なのに古地図では省略されて直線になっているような場合でも、切り替えたときに道路から外れないようにすることができるようになった。この技術を活用することで、バス路線図などにも適用可能で、バスのGTFSデータを利用して、路線図と地図を重ねて切り替えることも可能となった。

古地図と現代地図を違和感なく重ねて表示
線から線への変換によりバス路線図などに活用可能に

●全国の鉄道及びバス路線図が見れる!GTFSから生成したシームレス路線図の試作
スピーカー:ジョルダン株式会社 坂口慧氏

GTFSのデータをもとに試作した地図ベースの路線図を紹介。ジョルダンが保有するGTFSデータからMapbox Vector Tileに変換した。鉄道のShapesはジョルダンの保持データ、バスのShapesは経路検索結果を使用している。バス停は18,113個を収録しており、多言語対応で、動的表現も追加している。今後は動的コンテンツの充実や、3D化、GTFSリアルタイムへの対応などを検討している。

シームレス路線図
バス停も表示可能

●国連と進めるベクトルタイル
スピーカー:国土地理院 藤村英範氏

公的機関によるベクトル形式のベースマップの生成を支援するソフトウェア「国連ベクトルタイルツールキット」について紹介。多様で大規模なデータをベクトルタイルにするために、既存のオープンソースソフトウェア群をツールキット化し、公的機関の人でも使えるように整理した。同ソフトウェアの成果として、PostGIS上のOSMデータと国連データをMacBook Pro1台で80時間以内に変換できたことも紹介した。今後は同ソフトウェアの開発者・運用者のネットワークを維持するため、統制ネットワークへの対応など、共通の課題を解決することに取り組んでいく方針。

ベクトルタイル作成のために各種OSSをツールキット化

●月惑星探査データと地理情報システム
スピーカー:会津大学 平田成氏

月惑星探査データがどのようにGIS上で利用されているのかを紹介。地球のデータを扱うときとの違いや共通点などについて、小惑星探査データと月・火星探査データの2つの事例について解説した。世界初の小惑星向け3D-GISアプリ「AiGIS」や、月探査データを使いやすくするためのWebGISサービス「月光」などを紹介するとともに、火星探査データについても月光と似たコンセプトのGISを開発中であることを紹介した。

惑星向けアプリ「AiGIS」
WebGISサービス「月光」

■多様な分野の識者によるパネルディスカッションも開催

特別セッションとして、カンファレンスのメインテーマにもなっているDecentralize(脱中心)をテーマにしたパネルディスカッションも開催された。

セッションに先立ち、OSGeo.JPの代表理事を務める岩崎亘典氏は、「今回、“Decentralize“をテーマにしたのは、どこかに中心を置いてそこの下にすべてぶら下がるようなモデルではなく、色々なところで横につながっていくようなモデルを目指したからです。会場を東京ではなく新潟にしたのもそれが理由のひとつで、色々な地域でFOSS4Gやオープンデータを活用されている方たちにお話いただいて、これを機会に少しでもつながりができて、またその次の一歩につながっていければと思い、今回のセッションを企画させていただきました」と語った。

OSGeo.JPの岩崎亘典氏

登壇者は、株式会社ヤマレコの的場一峰氏、大阪市立中央図書館の澤谷晃子氏、中津川市の柘植良吾氏、新潟県立大学の関谷浩史の4名で、コーディネーターは北海道森町の山形巧哉氏が務めた。登壇者はそれぞれの取り組みを発表した上で、地域のコミュニティ活動やコンテンツのアーカイブの重要性、公共交通データや空き家に関するデータのオープンデータ化など、さまざまな話題について議論が行われた。

Decentralizeをテーマにパネルディスカッションを実施

閉会の挨拶として、実行委員長を務めた株式会社ナカノアイシステムの南雲大氏は、「7月に北海道を皮切りに始まったFOSS4Gも、東海、新潟と3つめを終えました。10月には今年最後となる『FOSS4G KOBE KANSAI』が神戸で開催されますので、みなさま神戸でお会いしましょう!」と締めくくった。

実行委員長の南雲大氏

「FOSS4G KOBE KANSAI」は10月13日にコアデイ、14日にハンズオンデイが開催。会場は神戸市中央区のデザイン・クリエイティブセンター神戸(Kiito)となる。

OSGeo.JP
https://www.osgeo.jp/