「公共交通オープンデータ最前線 in インターナショナルオープンデータデイ2019」講演レポート

「公共交通オープンデータ最前線 in インターナショナルオープンデータデイ2019」講演レポート

会場となった東京大学生産技術研究所コンベンションホール

オープンデータ関連のイベントが世界中の都市で同日開催された3月2日の「インターナショナルオープンデータデイ」に、公共交通オープンデータをテーマとしたイベント「公共交通オープンデータ最前線 in インターナショナルオープンデータデイ2019」が、東京・駒場の東京大学生産技術研究所コンベンションホールにて開催された。

このイベントは、東京大学の瀬崎研究室および「標準的なバス情報フォーマット広め隊」が主催するもので、公共交通データのオープンデータ化への取り組みに関心のあるエンジニアや研究者、交通事業者、自治体職員などさまざまな業種から人が集まった。

今回のイベントで大きく注目されたのは、主催者の1人である東京大学 生産技術研究所・助教の伊藤昌毅氏と、公共交通オープンデータ協議会会長を務める坂村 健氏(東洋大学情報連携学部INIAD学部長)が登壇し、ディスカッションを行ったことだ。公共交通×ITの分野におけるキーマンである両氏が揃い踏みとなった同イベントの模様をレポートする。

■GTFS-JPを採用するバス事業者が全国的に増加

オープニングセッションとして伊藤氏は、これまで取り組んできたバス情報データの標準化・オープン化の流れを振り返った上で、国交省が2017年3月に定めた「標準的なバス情報フォーマット(GTFS-JP)」を採用するバス事業者が2019年2月には全国に90にまで増えていることを報告した。また、「その筋屋」や「西沢ツール」などGTFSデータを作成できるツールの開発が進んだほか、各地でGTFS導入のための勉強会が実施されていることも紹介した。

東京大学の伊藤昌毅氏

今後の取り組みとしては、市民発のアプリやノウハウの普及や、GTFS-JPをきっかけとした業務そのもののデジタル化などを挙げるとともに、交通行政において届出のデジタル化を進めることで政策立案に活かすことも提案した。また、国内の乗換案内サービスを、時刻表ベースのサービスからリアルタイムの交通メディアへと進化させていくことも必要であると語った。さらに交通ITベンダーについても、交通事業者ごとにITシステムをカスタマイズしている現状から、アーキテクチャーやインターフェースを標準化させることにより、相互運用性が可能な形に変えていくことも必要であると語った。

GTFS-JPを導入する事業者は90に増加

伊藤氏はまとめとして、「交通関係者のデジタル化を図り、より良い移動、そしてより良い地域を、力を合わせて作るために、オープンデータをきっかけとして色々な人の知恵や力を結びつけていきましょう」と呼びかけた。

■ODPTはオープンデータを集約する「卸市場」

続いてのセッションでは坂村 健氏が登壇した。坂村氏が会長を務める公共交通オープンデータ協議会は、首都圏のさまざまな公共交通関連データを使ったアプリ開発コンテスト「東京公共交通オープンデータチャレンジ」を開催しており、現在、2019年1月16日から11月15日までの期間に3回目が開催中となっている。

坂村氏は、まず議論の前提として”標準化”についての一般論を語った。変化が少なく応用の仕方が安定している環境では、効率化のために「強い標準化」が望ましく、一方、変化が激しく多様な応用が次々に生まれている進化の過程においては、柔軟性が必要となるため「弱い標準化」のほうが望ましい。そして、オープンデータでも「弱い標準化」は可能であり、データの仕様がセマンティックに明確ならば、他のシステムと連携するためのプログラムの構築も容易であると語った。

公共交通オープンデータ協議会会長を務める坂村健氏

続いて坂村氏は、公共交通オープンデータ協議会が提供予定のデータ提供プラットフォーム「公共交通オープンデータセンター(ODPT)」について紹介した。ODPTの目的はサービスの提供ではなくデータの提供であり、さまざまな公共交通関連のサービスを「料理屋」に例えると、ODPTは「卸市場」のようなものであると言える。つまり、多様な生産者(情報発信者)から送られてくる質のいい素材(データ)を1箇所に集めることで、料理屋(サービス)が素材を入手しやすくすることがODPTの役割であり、場合によっては「小分けする」など、料理屋が素材を入手しやすいように加工することもある。オープンデータを利用した多様なサービスを生み出し、イノベーションを推進するためには、質のいいオープンデータを1つの場に集約して各サービスに対して使いやすく提供するための「卸市場」が必要である。

ODPTはデータを素材(データ)を提供するための「卸市場」

ODPTで用いられるデータ提供形式である「ODPTフォーマット」は、データの取得および二次利用がしやすく、ライブラリなどを使って機械処理を容易に行えるという特徴を持つ。同フォーマットのベースは、「REST」に基づいたリクエストAPIと、W3Cが勧告したRDFを記述するための標準フォーマットである「JSON-LD」に基づいたレスポンスを採用しているが、けっしてこの形式以外は扱わないということではなく、GTFS-JPフォーマットをベースとしたものでも構わない方針であるという。「ODPTはあくまでも卸市場なので、GTFS-JPフォーマットとODPTフォーマットを戦わせて、どちらがいいかを決めるつもりはありません」と坂村氏は語った。

■ODPTフォーマットとGTFS-JPフォーマットの違い

一方、GTFS-JPは経路検索サービス側に立ったデータフォーマットであり、経路検索に必要なだけのデータを一括で取り込むことにチューニングした固定的な強い標準フォーマットによるCSVファイルの一括転送になっている。その反面、多くの項目が必須項目となっており、データの提供側の負担が大きく、とくにバス停の細かい緯度経度情報やバス便ごとの時刻表が必須なため、その情報を持たない事業者は新規に調査が必要となる。

さらに、ベースとなるGTFSは鉄道にも対応するが、GTFS-JPはあくまでもバス専用であり、別路線への乗り入れや列車番号の途中変更、併結電車など複雑な鉄道の状況を記述できない。また、GTFSには運賃の種別という概念がなく、1種類の運賃しか記述できないことに加えて、データの一括ロードが前提となっているため、記憶資源が限られるモバイルアプリからは利用できない。

これに対して、ODPTフォーマットはデータをオープンにしてもらうことを重視しており、業者が最小の負担で、提供できるデータだけでもオープンにしてもらえるように、必須項目が少ない「弱い標準」を採用している。「REST」および「JSON-LD」によりウェブ親和性・柔軟性が高く、モバイルアプリにおいても、検索APIにより、利用側で必要なデータのみをピンポイントで取得できる。将来的にMaaSへ応用する際も、「JSON-LD」形式のためボキャブラリ追加により記述項目を追加させることも可能となっている。

その反面、ODPTフォーマットは経路検索サービス業者の利用法では効率が悪く、バス便ごとの時刻表などを強制しないため、交通事業者が情報を出し渋ると経路検索サービス業者にとっては使えないデータとなってしまうという問題点がある。

両フォーマットの違い
■ODPTは4月にオープン、2020年までに完成予定

坂村氏は、「フォーマットがCSV配布かAPI+JSONかという話と、バス便ごとの時刻表などの必須項目は何かという話は分けて議論すべきであって、GTFSではその2つが一体化しているので議論が迷走してしまう」と語る。

さらに、各項目の必要十分性も別問題であり、分けて考える必要がある。たとえばバスルートの名称では、GTFS-JPでは「route_short_name」(ルートの略名)と「route_long_name」(ルートの正式名称)の2つの属性が定義されており、片方は必ず指定するように求められている。意味を考えれば、日本では「route_short_name」はバスルートの系統番号、「route_long_name」はバスルートの系統名称を入力したいところだが、Googleマップの実装仕様では、両方が指定されている場合は「route_short_name」が優先され、併記はされない仕様となっている。そのため、「route_short_name」だけを使って系統番号と系統名称を結合して記載することにより、Googleマップ上の見栄えを優先する事業者もいるため、結果的にデータ標準としては機能していない。

「こうした問題点を踏まえて、ODPTフォーマットでは、マップ表記用と路線番号のボキャブラリを追加していきたいと考えています。ODPTフォーマットは『弱い標準化』ならではの柔軟性を活かして、このような問題をどんどん解決していきたい」と坂村氏。ただし、データ提供プラットフォームとしてのODPTは『卸市場』であるので、ODPTにおいてGTFS-JPフォーマットのデータを提供することも可能である。GTFS-JPで採用されているCSV形式での提供は乗換案内サービスの開発には便利なので、それらの事業者に利用してもらうのに適しており、API+JSONでの提供は個々のモバイルアプリから利用可能なので、たとえばボランティアや障害者支援など小規模での利用に役立てるといった使い方に適しているという。

「公共交通オープンデータ協議会は、東京の交通事業者のためだけに活動しているわけではなく、東京で行った実験の成果を地方に広げていく取り組みも考えています。今年の4月にはODPTがオープンし、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までには完成させる予定なので、地方の交通事業者の方もどんどん参加していただきたいと思います。また、GTFS-JPデータの整備についても、経路検索サービス事業者が使いやすいデータを提供していくことは地方活性化につながるので、ぜひ進めていただきたい」(坂村氏)

■両フォーマットは対立するものに非ず、ODPTを通じたGTFSデータの提供も検討

坂村氏の講演後は、伊藤氏と坂村氏の2人が壇上に上がり、ショートディスカッションも行われた。伊藤氏は、「GTFSフォーマットは交通事業者がAPIサーバーに提供する際のデータ形式であり、ODPTフォーマットはウェブサービスやモバイルアプリからアクセスされる場合のAPI形式と考えられます。両フォーマットはそもそも対立するものではなく、それぞれ違うところを見ているのではないかと思いました」と語った。

両フォーマットは対立するものではない

これに対して坂村氏は、「日本のバス事業者が持っているデータは、個々の事業者が契約しているITベンダーによってデータ形式がバラバラなので、それをGTFS-JPに統一するのはとても困難だが、実現すればとても良いことだと思います。ぜひ頑張って欲しい」とエールを送った。

最後に伊藤氏は、「坂村先生、ODPTで現在提供されている90事業者のGTFS-JPデータをすべて取り込みませんか?」と提案。坂村氏は、「ぜひやりましょう。ODPTの会員には地方のバス会社もいるので、それらのデータから載せていきたい」と、共同で取り組むことを約束した。

■LTセッションでは全国各地の事例が発表

続いてのセッションでは、行政の取り組みとして、国土交通省 総合政策局のほか、佐賀県、群馬県 富山県の3県によるバス情報のオープンデータ推進の事例が紹介された。また、横浜国立大学 理事の中村文彦氏による「公共交通(バス)データについての思いと期待」と題した講演も行われた。

今回のイベントは昨年に引き続き2回目の開催となる。昨年と大きく異なるのは、短時間でプレゼンが行われるLT(ライトニングトーク)セッションの多さだ。今年のLTは3セッションに分けられ、計15の発表が行われた。福岡や熊本、佐賀など九州各地の事例をはじめ、青森の八戸や埼玉の秩父、広島の呉、群馬発の高速バスなど全国の事例が紹介された。また、ジョルダンやヴァル研究所などコンテンツプロバイダーの取り組みなども紹介された。

伊藤氏は最後に、「今日は非常に多くの話題が出ました。今後はオープンデータを整備するだけでなく、それを使ってどのように公共交通を良くすることにつなげていけるかを議論していきましょう」と来場者に呼びかけた。伊藤氏と坂村氏の両名が登壇し、議論することで、GTFS-JPフォーマットとODPTフォーマットのそれぞれの役割が明確になるとともに、全国各地で公共交通データの整備が進んでいることを確認できた今回の「公共交通オープンデータ最前線」。同イベントを機に、公共交通のデジタル化・オープン化が今後どのように進んでいくか引き続き注目される。

■URL
公共交通オープンデータ最前線 in インターナショナルオープンデータデイ2019
https://iodd2019.peatix.com/